メインホールへと続く廊下を歩きながら、
誓さんが思い出したように口を開いた。
隠岐谷 誓
枕が変わると寝つきが悪くなる人もいますが、
弥代さんはいかがですか?
弥代衣都
とくにそういった経験は……なかった、と思います
隠岐谷 誓
それはよかった。たかが枕、されど枕ですから
隠岐谷 誓
以前、旅慣れた方に話を伺う機会があったんですが、
愛用品を持参することも少なくないんだとか
隠岐谷 誓
目覚まし時計であったり、お香や茶葉であったり……
その人にとっての“日常の象徴”だと思うと、実に興味深い
隠岐谷 誓
しいて挙げるなら、読みかけの小説ぐらいでしょうか。
弥代さんはいかがですか?
なにげなく問いかけた質問が自分に返ってきて、
慌てて荷物を頭のなかでひっくり返す。
弥代衣都
とくにこれといったものは……。
すみません、面白味のない答えで
隠岐谷 誓
いえいえ。十分に探究心がくすぐられる回答でしたよ
相変わらず謎めく誓さんの“ツボ”に想いを馳せていると。
隣を歩く誓さんから、ひとりごとが降ってきた。
ふっと顔を見上げると、穏やかな表情を浮かべている。
隠岐谷 誓
旅先に持って行きたくなる“日常の象徴”というと、
大河の手料理がそうなのかもしれません
隠岐谷 誓
現地の食事を楽しむのもいいですが、
ふとしたときに食べ慣れた味が恋しくなりそうだなと
隠岐谷 誓
それに大河の料理は、おにぎり、サラダ、豚汁……
どれも私たちを思ってつくられたものだと伝わってくるので
誓さんが挙げたのは、3人の思い出の料理なのだろうか。
きっとほかにもたくさんあって、過ごした時間とともに、
“日常の象徴”になっているんだろうなと想像できた。
隠岐谷 誓
それに大河なら、どこへ行くにも下調べは万全でしょうし、
お土産リストの作成などもお任せしたいところです
弥代衣都
ふふ。槻本さんご本人ごと来ていただく感じなんですね。
あ、でも、それだと壱川くんだけお留守番に……?
隠岐谷 誓
春日は快く送り出してくれると思いますが、
大河がどうでしょうねえ
弥代衣都
僭越ながら、槻本さんの寝つきが心配になってくるので、
壱川くんも誘って3人で旅行するのがいいのではないかなと
隠岐谷 誓
違いありませんね。
そういう情け深いところも大河の美点ですから
言葉選びをとっても、誓さんが槻本さんのことを
大切に思っているのが伝わってくる。
胸のあたりがじんわりとあたたかくなるのを感じながら、
誓さんが紡ぐ管理部の空想旅行に耳を傾けた。